■選手の息遣いを感じるパヴェの上り 「やっぱり、ベルギー選手に勝ってもらいたいね。地元チームのプレディクトール・ロットやクイックステップの動きも注目だし、何と言ってもトム・ボーネンにはベルギー中が期待しているよ」 レース前日、市民サイクリングのスタート地点に向かうクルマの中で、プレディクトール・ロットが使用するベルギーバイクメーカー“リドレー”のスタッフが、少し興奮気味に話し始めた。 「ボーネンは、日本やアメリカだったら野球のトップ選手みたいな国民的ヒーローなんだ。昨年、一昨年も勝っているから、ぜひ三連覇してほしいね」 どこの国でも、自国の選手やバイクへの応援には熱が入るものだ。とくに2005年の世界チャンピオンでもあるトム・ボーネン(クイックステップ)の人気は絶大だ。 「沿道には100万人以上の観客が詰め掛けるよ。とくに石畳の上り坂区間は、人波をかき分けるように選手が走っていく絶好の観戦ポイントだよ」 「100万人!?」 ベルギーの人口が約1000万人だから……単純計算でも10人にひとりは沿道にいることになる(ま、彼は少し大げさに言っているのかもしれないが)。またテレビやラジオでも放送されるというから、ほとんどのベルギー人がレースの行方を見守っているといっても言い過ぎではないのかもしれない。 自転車レースが国技と言われる自転車王国ベルギー。その中でも、今回、訪れたツール・デ・フランドル(現地のフラマン語では、ロンド・ファン・フラーンデレン)は、UCIプロツールレースでもある、もっともステータスの高い大会だ。 このレース最大の見所は、コース後半、パヴェと呼ばれる石畳が1〜2km続く道が点在するルート。とくに242km地点に出現するミュール(フラマン語で“壁”の意味)などの9カ所の急坂は、(先ほどのリドレースタッフの言う通り)沿道両側に熱狂的な観客が詰め掛け、手を伸ばせば届く距離でプロの走りを目の当たりすることができる。翌日、実際にパヴェの道端に立ち、激坂を駆け上ってくる選手の姿を目撃すると――その迫力、躍動感は圧倒的である。 トッププロ選手であろうとも、視線はすぐ前方に落としがちで、路面から伝わってくる衝撃の強さで顔を歪めながら慎重にペダルを踏みしめる。フロント・リアともにギヤを落とし、脚とは言わずハンドルを握る腕にも力が加わり、全身の筋肉を躍動させながら力強く駆け上がっていく。選手ひとりひとりの息遣いが、大歓声の中でさえもリアルに耳に届いてくるほどの眼前で、レースが展開されていく。 レースは、イタリアのアレッサンドロ・バッラン(ランプレ)が、ゴール手前でベルギーのレイフ・ホステ(プレディクトール・ロット)を抜き去り、見事、初優勝を飾った。ベルギー人の期待を一身に集めたボーネンは、この日はいいところなく終わり、12位……ベルギーの自転車ファンは少し寂しそうだったが、それでも壮絶なパヴェの道を走りきった選手たちには、みな惜しみない拍手が送られていた。 ゴール後、すぐにプレディクトール・ロットのチームトラックに立ち寄り、メカニックに声をかけ、いま走り終えたばかりのリドレーのレースバイクを見せてもらった。石畳で巻き上がった埃がバイク全体を覆い、どこかで擦ったのだろうか……ハンドルには乾いた血が染み込んでいるのが見える。壮絶なパヴェの衝撃が、このバイクからも窺い知ることができる。
サイクルコンピューターを見て、驚いた。「平均時速40・4km」 世界のトップ選手の脚力、そしてそのパワーを受けて前進するトップロードバイクの性能の高さ、恐るべし